山熊田村
やまくまたむら
[現在地名]山北町山熊田
中継川上流にあり、現町域では最奥に位置する山間の村。二ノ股峠を越えて出羽国へ至る道と、大日峠を越えて雷村へ出る道が分れる。文禄(一五九二―九六)頃の瀬波郡絵図に「中次のは 山ご
村 下」とみえ、本納六升五合・縄高四石一升一合七勺、家四軒、「金山有」と記される。正保国絵図に「山熊田村」とあり高三〇石余。正徳二年(一七一二)の黒川俣組十一ケ村明細帳(板垣家文書)によれば田高二一石三斗余・畑高二三石七斗余で、田は下田と稗田、畑の大部分は山畑である。家数九、馬四。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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