山熊田村(読み)やまくまたむら

日本歴史地名大系 「山熊田村」の解説

山熊田村
やまくまたむら

[現在地名]山北町山熊田

中継なかつぎ川上流にあり、現町域では最奥に位置する山間の村。また峠を越えて出羽国へ至る道と、大日だいにち峠を越えていかずち村へ出る道が分れる。文禄(一五九二―九六)頃の瀬波郡絵図に「中次のは 山ご村 下」とみえ、本納六升五合・縄高四石一升一合七勺、家四軒、「金山有」と記される。正保国絵図に「山熊田村」とあり高三〇石余。正徳二年(一七一二)の黒川俣組十一ケ村明細帳(板垣家文書)によれば田高二一石三斗余・畑高二三石七斗余で、田は下田稗田、畑の大部分は山畑である。家数九、馬四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む