岡場村(読み)おかばむら

日本歴史地名大系 「岡場村」の解説

岡場村
おかばむら

[現在地名]北区有野町有野(ありのちようありの)・藤原台中町(ふじわらだいなかまち)二丁目・藤原台北町(ふじわらだいきたまち)一丁目・有野台(ありのだい)二―六丁目・有野中町(ありのなかまち)一丁目

六甲(ろつこう)山地北面、唐櫃(からと)村で奥山(おくやま)川と合流して北流する有野川の中流域に位置する有馬(ありま)郡の村。慶長国絵図には村名はみえず分村以前の下司(げし)村三六一石余に含まれている。下司村は慶長六年(一六〇一)三田藩有馬則頼領となるが(有馬家譜)、翌年則頼が没したため子の有馬豊氏が継いで丹波福知山藩領となり、元和三年(一六一七)の摂津一国御改帳にも玄蕃(豊氏)知行とある。同六年豊氏の転封により幕府領となり、寛永三年(一六二六)から大坂城代で武蔵岩槻藩阿部正次領(阿部家譜)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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