岩窪村(読み)いわくぼむら

日本歴史地名大系 「岩窪村」の解説

岩窪村
いわくぼむら

[現在地名]甲府市岩窪町・大手(おおて)三丁目

古府中(こふちゆう)村の東、大笠(おおがさ)山西麓にある。集落を挟むように北西と北東から藤(ふじ)川が南流する。村名は巌窪・岩久保とも書いた(「甲斐国志」など)。「高白斎記」天文二二年(一五五三)三月六日条に、岩窪ほか四郷の人足押立公事等を免除する印判が下されたとある。甲州古城勝頼以前図(恵林寺蔵)には、躑躅が崎(つつじがさき)館の南東に岩窪の地名が記される。慶長古高帳では高二〇二石余、ほかに円光(えんこう)院領一一石。慶長六年(一六〇一)の検地帳(県立図書館蔵)では田九反余・畑一四町五反余、漆八八束、桑も作られた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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