島末城跡(読み)しまずえじようあと

日本歴史地名大系 「島末城跡」の解説

島末城跡
しまずえじようあと

源平の一の谷合戦後、平知盛が築いたと伝える城。

平宗盛は弟知盛らと安徳天皇を奉じて屋島を脱出、知盛は山陽道に出て寿永三年(一一八四)一〇月安芸・周防二ヵ国を回復し、大島郡島末に築城したらしく「吾妻鏡」文治四年(一一八八)一二月一二日条に「大嶋者、平氏謀反之時、新中納言(知盛)城居住、及旬月之間、嶋人皆以同意」とあり、知盛が大島に築城したことを記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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