崎村城跡(読み)さきむらじようあと

日本歴史地名大系 「崎村城跡」の解説

崎村城跡
さきむらじようあと

[現在地名]千代田町大字渡瀬字上神代

上神代かみこうたいにあってかつて古城ふつじようとよばれていたが、田手たで川改修で面影はまったくない。

城主は犬塚氏。もと宇都宮氏の出で、南北朝時代に宇都宮家貞が征西将軍懐良親王に供奉して九州に入り、筑後国三潴みづま郡犬塚郷(現福岡県三潴郡)に築城し、地名をとり犬塚氏と改姓したとされる。のち家貞の曾孫刑部家貞(家久・経貞ともいう)一族を率いてこの地に移り崎村城主となった。年代は明確ではないが明応年間(一四九二―一五〇一)で、犬塚家系譜によればこの家貞を「肥前犬塚氏一族の始祖なり」とする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む