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崔昌益 さいしょうえきCh‘oe Ch‘ang‐ik

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世界大百科事典 第2版の解説

さいしょうえき【崔昌益 Ch‘oe Ch‘ang‐ik】

1896‐
朝鮮民主主義人民共和国の政治家。1928年第3次朝鮮共産党事件で逮捕され服役後中国に渡る。日中戦争金元鳳らと朝鮮義勇隊の組織に尽力。やがて延安に移り朝鮮独立同盟を指導。解放後同志を率いて北朝鮮に帰り財政相等をつとめ,また延安派の中心人物として党・政府に勢力をもったが,56年夏,奪権を図って失敗,追放された。重工業優先路線を無理と批判し,またスターリン批判に同調して自由化を主張したともいう。中国の延安に発祥するので延安派というが,毛沢東思想と特に深い関係はない。

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世界大百科事典内の崔昌益の言及

【朝鮮民主主義人民共和国】より

…これは分派闘争と朝鮮戦争の結果に対する責任をとらされたものとみられる。続いて56年から58年ころにかけて,崔昌益(さいしようえき)らの延安・ソ連派,旧朝鮮共産党国内ML派系グループが主導権の奪取を企図して失敗し,一斉に政権から放逐された。これは,北朝鮮での経済建設の基本路線をめぐる対立で,彼らはソ連依存を前提とする消費財部門中心の建設路線を主張したが,金日成主流派の〈自力更生〉路線に敗れたものといわれる。…

※「崔昌益」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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