嵯峨島村(読み)さがのしまむら

日本歴史地名大系 「嵯峨島村」の解説

嵯峨島村
さがのしまむら

[現在地名]三井楽嵯峨さが島郷しまごう

福江ふくえ島の西にある嵯峨島を村域とする。北部に竹原たけはら黒瀬くろせ、南部に崎原さきはら鯨崎くじらさきなどがある。建久二年(一一九一)京都嵯峨の公家平家に内通したとして源氏に追放され、福江島の嵯峨瀬に落延び、その一族が当地に移り住んだという。大永元年(一五二一)宇久囲を攻めて自刃させた玉之浦納は大宝だいほう(現玉之浦町)で敗れ、当島に逃れ、島のしも(現小野神社境内)で自刃したとされ、その遺跡が残る。江戸時代福江藩領三井楽掛に属する。慶長国絵図に佐賀島とみえ、高一四九石余。寛永一四年(一六三七)嵯峨島など領内の七ヵ所に遠見番所を設置(同一八年とも)、番士を詰めさせ異国船の通航を監視させたが、正保四年(一六四七)かしわに移された(五島編年史)。慶安二年(一六四九)の肥前国道法帳に嵯峨島浦とみえ、福江湊から五里の船路であった。万治二年(一六五九)の惣高積之帳に嵯峨島とみえ、正保国絵図の高八〇石余、今高三一九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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