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川島理一郎 かわしま りいちろう

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美術人名辞典の解説

川島理一郎

洋画家。栃木県生。米コーコラン美校卒。渡仏してマチスに師事する。梅原龍三郎と国画会を創立、文展を中心に出品し、戦後は日展に一連の水墨調の作品を出品する。晩年は抽象的作風に転じた。芸術院会員。日展顧問。昭和46年(1971)歿、85才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

川島理一郎 かわしま-りいちろう

1886-1971 大正-昭和時代の洋画家。
明治19年3月9日生まれ。38年渡米,コーコラン美術学校などでまなび,のちパリへうつる。帰国後,大正15年梅原竜三郎国画創作協会洋画部(のちの国画会)を創設。昭和11年女子美専(現女子美大)教授。芸術院会員。フォービスム風から晩年は抽象的作風に転じた。昭和46年10月6日死去。85歳。栃木県出身。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

川島理一郎
かわしまりいちろう
(1886―1971)

洋画家。栃木県足利(あしかが)市生まれ。幼少から東京に住み、1905年(明治38)渡米してワシントンのコーコラン美術学校ほかで学ぶ。11年パリへ移り、アカデミー・ジュリアン、ついでアカデミー・コラロッシに学び、サロン・ドートンヌに出品、19年(大正8)に帰国する。その後もしばしば渡欧を重ねた。26年国画創作協会洋画部(のちに国画会)を梅原龍三郎と創設したが、35年(昭和10)に退会。翌年から女子美術学校の教授となり、改組後の文展審査員を務める。48年(昭和23)日本芸術院会員となり、日展に出品、また新世紀美術協会の名誉会員となる。晩年は抽象作風に転じた。[小倉忠夫]

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