川西実三(読み)カワニシ ジツゾウ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「川西実三」の解説

川西 実三
カワニシ ジツゾウ


肩書
東京府知事,日本赤十字社社長,内務省社会局社会部長・保険部長

生年月日
明治22年1月2日

出生地
兵庫県

学歴
東京帝国大学法科大学独法科〔大正3年〕卒

経歴
高文にパスして内務省に入り、大正9〜15年ジュネーブの国際労働連盟帝国事務局事務官、第2、第7、第10回の国際労働会議に政府代表随員及び顧問として出席。帰国後社会局書記官、労政課長、職業課長となり、昭和初期の不況時代、労働手帳を作り、海外移住を奨励した。昭和7年社会部長兼保険部長となり医師会の強い抵抗を押し切って国民健康保険法立案した。11年から埼玉長崎各県知事、京都、東京各府知事を務め、17年退官。大日本婦人会理事長、大日本育英会理事長となった。戦後22年公職追放、解除後初代の社会保険審査委員長、恩賜財団済生会理事長、東京厚生年金会館長、日本赤十字社長(第9代)、日本ILO協会長、日本職業協会長などを歴任した。

没年月日
昭和53年3月3日

家族
妻=川西 田鶴子

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「川西実三」の解説

川西 実三
カワニシ ジツゾウ

大正・昭和期の内務官僚 日本赤十字社社長;内務省社会局社会部長・保険部長;東京府知事。



生年
明治22(1889)年1月2日

没年
昭和53(1978)年3月3日

出生地
兵庫県

学歴〔年〕
東京帝国大学法科大学独法科〔大正3年〕卒

経歴
高文にパスして内務省に入り、大正9〜15年ジュネーブの国際労働連盟帝国事務局事務官、第2、第7、第10回の国際労働会議に政府代表随員及び顧問として出席。帰国後社会局書記官、労政課長、職業課長となり、昭和初期の不況時代、労働手帳を作り、海外移住を奨励した。昭和7年社会部長兼保険部長となり医師会の強い抵抗を押し切って国民健康保険法を立案した。11年から埼玉、長崎各県知事、京都、東京各府知事を務め、17年退官。大日本婦人会理事長、大日本育英会理事長となった。戦後22年公職追放、解除後初代の社会保険審査委員長、恩賜財団済生会理事長、東京厚生年金会館長、日本赤十字社長(第9代)、日本ILO協会長、日本職業協会長などを歴任した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「川西実三」の解説

川西実三 かわにし-じつぞう

1889-1978 大正-昭和時代の官僚
明治22年1月2日生まれ。内務省にはいり,ジュネーブ国際労働会議の政府代表随員などをつとめる。昭和7年社会局保険部長となり,国民健康保険法を立案。埼玉,長崎,京都,東京の府県知事を歴任。40年日本赤十字社社長。昭和53年3月3日死去。89歳。兵庫県出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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