巨勢奈弖麻呂(読み)こせのなでまろ

改訂新版 世界大百科事典 「巨勢奈弖麻呂」の意味・わかりやすい解説

巨勢奈弖麻呂 (こせのなでまろ)
生没年:?-753(天平勝宝5)

奈良時代中期の貴族大海の孫,比等の子。古代の大族巨勢氏の正流をひく。731年(天平3)従五位下。造仏像司長官,民部卿神祇伯,大・中納言歴任。739年(天平11)には参議として朝政に加わる。恭仁京(くにきよう)造宮卿を務め,紫香楽宮(しがらきのみや)行幸のとき,留守司となった。《万葉集》巻十九に新嘗祭宴会の歌をとどめる。没時の位階は従二位。
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