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恭仁京 くにきょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

恭仁京
くにきょう

奈良時代,聖武天皇天平 12 (740) ~16年にかけて置かれた都。「くにのみやこ」とも読む。京都府の南西端に位置する。内裏木津川中流の山間小盆地,木津川市中北部の瓶原 (みかのはら) の地と推定される。同 12年平城京より遷都,同 15年には大極殿歩廊を移建したが,費用がかさみ,ついに造営中止となった。聖武天皇は紫香楽宮 (しがらきのみや) の造営をいったん命じたものの,同 16年には難波京遷都を決め,さらに同 17年再び平城京に戻る勅をくだした。その間の事情は『続日本紀』にみえる。同 18年には恭仁京の大極殿を山城国分寺に施入,都の跡はしだいに荒廃していった。

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デジタル大辞泉の解説

くに‐きょう〔‐キヤウ〕【恭仁京】

京都府木津川市加茂町例幣(れいへい)にあった聖武天皇の都。天平12年(740)奈良からこの地に遷都。未完成のまま4年後に難波(なにわ)に移った。大養徳恭仁大宮(おおやまとくにのおおみや)。くにのみやこ。

くに‐の‐みやこ【恭仁京】

くにきょう(恭仁京)

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百科事典マイペディアの解説

恭仁京【くにきょう】

奈良時代中ごろの都城(とじょう)。皇居を恭仁宮という。京都府相楽(そうらく)郡加茂町(現・木津川市)に史跡がある。740年の藤原広嗣の乱に衝撃を受けた聖武天皇は,以来5年間,平城京を去って各地に転居した。
→関連項目加茂[町]保良宮

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世界大百科事典 第2版の解説

くにきょう【恭仁京】

奈良時代中ごろの都城。現在の京都府南部の相楽郡加茂町,木津町,山城町にまたがって営まれた。740年(天平12),九州で藤原広嗣の乱が起こったのを契機に平城京を離れた聖武天皇は,伊勢,美濃,近江をめぐった後,12月15日山背国南端の久仁郷の地に至り恭仁京の造営に着手した。翌年11月21日の勅によって宣された正式名称は大養徳恭仁大宮(やまとのくにのおおみや)。造営開始から丸3年を経た743年末には,並行して紫香楽宮(しがらきのみや)が造りはじめられたことなどのために費用がかさんで造作が停止され,翌年2月20日,紫香楽へではなしに難波(なにわ)への遷都が行われて廃都になった。

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大辞林 第三版の解説

くにきょう【恭仁京】

くにのみやこ【恭仁京】

740年から744年までの聖武天皇の都。未完成のまま難波宮に遷った。現在の京都府木津川市加茂町、瓶原みかのはら付近、木津川のほとりにあった。正称、大養徳恭仁大宮おおやまとくにのおおみや。くにきょう。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

恭仁京
くにきょう

奈良時代の都京。山城(やましろ)国相楽(そうらく)郡恭仁郷(京都府木津川(きづがわ)市加茂町例幣(かもちょうれいへい))にあり、大養徳(やまと)恭仁大宮ともよぶ。740年(天平12)藤原広嗣(ひろつぐ)の乱が起こると、聖武(しょうむ)天皇は突如東国へ出幸し、乱鎮定後も平城(へいじょう)に帰らず、恭仁京の造営を始め遷都、平城宮の大極殿(だいごくでん)、回廊を移建した。発議者は右大臣橘諸兄(たちばなのもろえ)とみられる。近江(おうみ)国甲賀郡に紫香楽宮(しがらきのみや)をつくると、743年恭仁造作を停止したが、翌年難波(なにわ)遷都を企て、恭仁宮の内印、駅鈴を移して皇都としたものの、天皇は難波から紫香楽へ幸し、745年ふたたび平城へ還都した。翌年恭仁宮の大極殿は山背国分寺(やましろこくぶんじ)に施入となった。鹿背山(かぜやま)の西道を基準に左京と右京が離れて設定され、宮は左京の中央北端に位置するらしい。1976年(昭和51)以後の発掘調査で大極殿基壇が確認された。[八木 充]
『八木充著『古代日本の都』(講談社現代新書)』

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世界大百科事典内の恭仁京の言及

【都城】より

…ただし左京の東に4条(または5条)×3坊分のいわゆる外京と,右京の北に半条分の北辺が付属し,各坊も藤原京の4倍,つまり16の町に区分されている。恭仁(くに)京も賀世山の西の道から東を左京,西を右京とし,宅地の班給も行われたが,都城の構造はまだ推定の域を出ていない。さらに長岡京平安京は基本的には平城京を踏襲したもので,長岡京はなお不確定の部分があるが,外京はなく,北辺と同じように,左右京とも北に半条分拡大され,宮域も拡張された。…

※「恭仁京」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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