市瀬禎太郎(読み)いちのせ ていたろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「市瀬禎太郎」の解説

市瀬禎太郎 いちのせ-ていたろう

1860-1908 明治時代の教育者。
安政7年2月生まれ。市瀬恭次郎(きょうじろう)の兄。もと丹波篠山(ささやま)藩(兵庫県)藩主青山忠誠(ただしげ)に京都へまねかれ,島田篁村(こうそん)の塾でまなぶ。明治17年篠山の鳳鳴(ほうめい)義塾(現篠山鳳鳴高)初代塾長となる。明治41年3月8日死去。49歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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