市谷田町下二丁目(読み)いちがやたまちしもにちようめ

日本歴史地名大系 「市谷田町下二丁目」の解説

市谷田町下二丁目
いちがやたまちしもにちようめ

[現在地名]新宿区市谷田町二丁目

市谷田町上二丁目の北東に続き、外堀端の通り(現外堀通)に面する片側町。北西は旗本井戸家などの武家屋敷、市谷教蔵院(いちがやきようぞういん)門前、北東は市谷田町三丁目。町の起立は一丁目に同じで、町内は京間で間口が七三間、裏行は南西側で二一間余、北東側が二〇間余。文政一〇年(一八二七)の家数は一二四、内訳は家持五・地借五・店借一一四。公役は小間数七三間余で勤め、年に人足二一七人分の代銀四三五匁を納めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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