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市辺押羽皇子 いちのべのおしはのみこ

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世界大百科事典 第2版の解説

いちのべのおしはのみこ【市辺押羽皇子】

おしはは忍歯とも記す。履中天皇の長子。母は葦田宿禰(葛城襲津彦の子)の女の黒媛。《日本書紀》顕宗即位前紀によれば,蟻臣(葦田宿禰の子)の女の荑(はえ)媛をめとって億計(おけ)王(仁賢天皇),弘計(おけ)王(顕宗天皇),飯豊女王(飯豊青皇女)らを生んだという。同即位前紀には〈市辺宮に天下治(しら)しし天万国万押磐尊〉とあり(市辺は大和国山辺郡の地名),また《播磨国風土記》にも〈市辺天皇命〉と表現することから即位したとみる説もあるが,履中天皇と顕宗・仁賢両天皇をつなぐ血脈の皇子を尊んでの追贈的な伝承であろう。

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世界大百科事典内の市辺押羽皇子の言及

【歯】より

…八重歯もまた,日本人には多くみられる。古くは忍歯(押歯)(おしは)と称し,《古事記》に履中天皇の皇子の市辺忍歯王(いちのべのおしはのみこ)(市辺押羽皇子)は,〈三枝の如き押歯〉のもち主であったので,歯の形から遺骸を同定できたとある。八重歯は欧米の審美観に合わないが,谷崎潤一郎は八重歯やみそっ歯のふぞろいなところに日本人は自然の愛きょうを認めたと弁護し,大都会の美人はだいたいにおいて歯の性が悪くてふぞろいだという(《懶惰の説》)。…

※「市辺押羽皇子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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