市野迷庵(読み)いちの めいあん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「市野迷庵」の解説

市野迷庵 いちの-めいあん

1765-1826 江戸時代中期-後期儒者
明和2年2月10日生まれ。市野東谷の孫。家は江戸神田の質屋黒沢雉岡(ちこう)にまなび,市河寛斎,林述斎らと交遊晩年松崎慊堂(こうどう),狩谷棭斎(えきさい)らの影響で朱子学から考証学に転じ,「正平版論語」などの校勘で知られた。文政9年8月14日死去。62歳。名は光彦。字(あざな)は俊卿。通称は三右衛門。別号に篔窓(うんそう),酔堂。著作に「詩史顰(ひん)」「読書指南」など。

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367日誕生日大事典 「市野迷庵」の解説

市野迷庵 (いちのめいあん)

生年月日:1765年2月10日
江戸時代中期;後期の儒学;考証学者
1826年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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