黒沢雉岡(読み)くろさわ ちこう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「黒沢雉岡」の解説

黒沢雉岡 くろさわ-ちこう

1713-1797* 江戸時代中期-後期の儒者。
正徳(しょうとく)3年2月8日生まれ。江戸の林家にまなぶ。安永3年田安家につかえ侍読となる。老中松平定信(さだのぶ)の諮問(しもん)をたびたびうけた。柴野栗山(しばの-りつざん),大塚孝綽(たかやす)らと親交があった。寛政8年12月6日死去。84歳。武蔵(むさし)児玉郡(埼玉県)出身。名は万新。字(あざな)は新卿。通称は右仲。著作に「程易衍旨」「遊郷夜談」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「黒沢雉岡」の解説

黒沢雉岡 (くろさわちこう)

生年月日:1713年2月8日
江戸時代中期の儒学者
1797年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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