日本歴史地名大系 「布志名村」の解説
布志名村
ふじなむら
[現在地名]玉湯町布志名
慶長七年(一六〇二)の布志名村御検地帳によると、田高四四七石余・反別三一町四反余、畑高一一石余・反別一町八反余、ほかに屋敷として二六軒分七反余と寺社分として九畝があった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
慶長七年(一六〇二)の布志名村御検地帳によると、田高四四七石余・反別三一町四反余、畑高一一石余・反別一町八反余、ほかに屋敷として二六軒分七反余と寺社分として九畝があった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...