布施寺跡(読み)ふせでらあと

日本歴史地名大系 「布施寺跡」の解説

布施寺跡
ふせでらあと

[現在地名]長浜市布勢町

富施寺とも記された。現存しない。伊吹山寺の高僧で三修の弟子名超の開基と伝え、本尊薬師如来、奈良大安だいあん(現奈良市)末寺。息長氏の一族布施王の所領から名付けられ、その菩提寺として建立されたという。東大寺三綱紀(内閣文庫蔵)に、養和元年(一一八一)九月二四日近江国布施寺・名超みようちよう寺が炎上したとある。元亀(一五七〇―七三)の兵火で再び焼けて復旧ならず、慶長年間(一五九六―一六一五)には彦根ひこね(現滋賀県彦根市)築城の折、礎石・石垣が運ばれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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