干俣村(読み)ほしまたむら

日本歴史地名大系 「干俣村」の解説

干俣村
ほしまたむら

[現在地名]嬬恋村干俣

大前(おおまえ)村の西にあり、周囲は上信国境の標高二〇〇〇メートル級の山々に囲まれる。中央を吾妻川支流万座(まんざ)川が深い谷を刻んで東南に流れ、左岸側は万座山・本白根(もとしらね)山の山麓、右岸側は四阿(あずまや)山の東山麓で、集落は標高約一〇〇〇メートルの盆地状の裾野に開け、吾妻川支流の干俣川が貫流する。北端の信州に越える万座峠東南に万座温泉がある。貞治元年(一三六二)一〇月一八日のしゝ大夫旦那職譲状(下屋文書)に「まんさのしん三郎入道」、応永二〇年(一四一三)七月二五日の薩摩聖心旦那譲状(同文書)に「ほし又浄徳」とみえる。

万治二年(一六五九)の沼田藩領分書上写によると高二八石余。寛文郷帳では田方五斗余・畑方二八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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