平田靫負(読み)ヒラタユキエ

デジタル大辞泉 「平田靫負」の意味・読み・例文・類語

ひらた‐ゆきえ〔‐ゆきへ〕【平田靫負】

[1704~1755]江戸中期の薩摩藩の家老。宝暦3年(1753)藩が幕府から命じられた木曽・長良・揖斐いび三川分流工事の総奉行となり、1年3か月で完成させたが、莫大な出費と多大な犠牲者を出したことの責任をとり、自刃。

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