平貴子(読み)たいらの きし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「平貴子」の解説

平貴子 たいらの-きし

?-? 平安時代中期の女官
天元5年(982)円融天皇中宮(ちゅうぐう)遵子(じゅんし)が女官らに饗禄をした際,掌侍(ないしのじょう)の貴子に白大掛があたえられた。また寛和(かんな)2年一条天皇即位の際には,典侍(ないしのすけ)として左褰帳(けんちょう)をつとめた。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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