幸心村(読み)こうしんむら

日本歴史地名大系 「幸心村」の解説

幸心村
こうしんむら

[現在地名]守山区幸心

瀬古(せこ)村の東にあり、北を庄内川が流れ、西に勝川(かちがわ)街道が通っている。瀬古から幸心へかけて条里制の遺構が認められる。織田信雄分限帳に「もり山の内はたい(秦江)・こうしん」とある。寛文一一年(一六七一)の家数三一、人数男一一一・女一〇六(寛文覚書)。「徇行記」によれば、田は一五町七反五畝余、畑は九町七反三畝余で、概高四九九石余のうち四二五石余が藩士八人の給知。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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