コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

幸阿弥宗伯 こうあみ そうはく

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

幸阿弥宗伯 こうあみ-そうはく

1484-1557 戦国時代の蒔絵(まきえ)師。
文明16年生まれ。幸阿弥宗金の次男。幸阿弥家5代。細川高国の命をうけ,享禄(きょうろく)5年後奈良天皇即位式の調度品に蒔絵をほどこした。作品に「桜山鵲(さんじゃく)蒔絵硯(すずり)箱」(重要文化財)。法橋。弘治(こうじ)3年10月13日死去。74歳。京都出身。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

世界大百科事典内の幸阿弥宗伯の言及

【幸阿弥家】より

…室町後期から江戸時代を通じて,時の為政者に仕え,常に主流的な位置にあった蒔絵師の家系。初代道長(1410‐78)は本名土岐四郎左衛門道長といい,近江国栗本郡を領した足利義政の近習であった。のち蒔絵を習って上手になり蒔絵師として将軍家に仕え,入道して幸阿弥と称した。能阿弥,相阿弥,土佐光信の下絵を用い,高蒔絵や研出蒔絵の精巧な作品を制作した。2代道清(1433‐1500)は,道長の長子。1465年(寛正6)に義政の命で後土御門天皇即位の調度に蒔絵を施し,法橋に叙された。…

※「幸阿弥宗伯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

幸阿弥宗伯の関連キーワードプルチ幸阿弥派カボート(父子)幸阿弥家大内義長正親町天皇波多野秀治ベルナルド後奈良天皇葛山城