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広橋綱光 ひろはし つなみつ

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美術人名辞典の解説

広橋綱光

公卿。兼卿の男。従一位准大臣。贈内大臣。号外接院。文明9年(1477)歿、47才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

広橋綱光 ひろはし-つなみつ

1431-1477 室町時代の公卿(くぎょう)。
永享3年6月13日生まれ。広橋兼郷(かねさと)の子。享徳3年参議。従一位,准大臣にすすむ。娘に後土御門(ごつちみかど)天皇の乳母(めのと)や関白二条政嗣(まさつぐ)の妻がいる。武家伝奏(てんそう)をつとめて公武に権勢をふるった。文明9年2月14日死去。47歳。贈内大臣。日記に「綱光公記」。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

広橋綱光

没年:文明9.2.14(1477.3.28)
生年:永享3.6.13(1431.7.22)
室町後期の公卿。法号は引接院,法名秀寂。父は権中納言兼郷。文安2(1445)年元服してから家格通り蔵人,弁官を務め,朝廷の実務に励み,享徳3(1454)年参議に補せられ公卿に列し,康正2(1456)年権中納言,右兵衛督,検非違使別当になり,文明2(1470)年権大納言まで昇った。また長禄2(1458)年から武家伝奏を務めたが,この間は応仁・文明の乱(1467~77)前と最中で苦労したが,それだけに権勢もあり,亡くなる直前,功により准大臣,従一位に叙任され,死後内大臣を贈られた。

(飯倉晴武)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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