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武家伝奏 ぶけてんそう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

武家伝奏
ぶけてんそう

室町~江戸時代武家から朝廷に願い出ることを伝達奏聞する朝廷の役職名建武中興のときにおかれ,室町時代に制度化された。江戸時代には定員2名で,納言参議から選任された。慶応3 (1867) 年廃止。

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デジタル大辞泉の解説

ぶけ‐てんそう【武家伝奏】

《「ぶけでんそう」とも》室町・江戸時代の朝廷の職名。諸事にわたり、武家との連絡にあたる役。江戸時代には定員2名で関白に次ぐ要職納言参議から選ばれた。伝奏

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百科事典マイペディアの解説

武家伝奏【ぶけてんそう】

伝奏

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世界大百科事典 第2版の解説

ぶけてんそう【武家伝奏】

朝廷と幕府間の意思疎通をはかるために置かれた公家の役職。本来,伝奏は武家,寺社等の奏請を伝奏することをつかさどり,室町時代には武家伝奏,寺社伝奏の職掌分化をみた。江戸時代には武家伝奏をとくに要職とし,単に伝奏とも称した。1603年(慶長8)2月12日に広橋兼勝勧修寺光豊が任命されてから,1867年(慶応3)12月9日に廃止されるまで,江戸時代を通して定員2名。役料は500俵。多くは大納言の中から,学問・文筆の才があり,弁舌がすぐれ正義を行う者が選任された。

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大辞林 第三版の解説

ぶけてんそう【武家伝奏】

室町・江戸時代、朝廷に置かれ武家の奏上を朝廷に取り次ぐ公家くげの役職。江戸時代は二名が常置されたので、両伝奏ともいう。1867年に廃止。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

武家伝奏
ぶけでんそう

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