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庄司甚右衛門 しょうじ じんえもん

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

庄司甚右衛門 しょうじ-じんえもん

1575-1644 江戸時代前期,遊郭の創設者。
天正(てんしょう)3年生まれ。小田原北条氏の浪人。はじめ甚内と称し,江戸で遊女屋西田屋をいとなむ。幕府にねがいでて,元和(げんな)3年吉原遊郭をつくり惣名主(そうなぬし)となる。子孫は代々名主職をついだ。寛永21年11月18日死去。70歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

庄司甚右衛門

没年:正保1.11.18(1644.12.17)
生年天正3(1575)
江戸前期の町人。甚右衛門は通称で,初め甚内といった。もと小田原北条家の家臣で,主家没落後江戸に出て道三河岸で妓楼を営んだというが,出自には異説もある。元和3(1617)年吉原開設とともに惣名主となり,江戸町1丁目で妓楼西田屋を営み,「おやじ」と呼ばれた。子孫は代々名主職を継ぎ,同地で妓楼を経営した。

(宇田敏彦)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

庄司甚右衛門
しょうじじんえもん

江戸・吉原遊廓(ゆうかく)の開設者。前名甚内(じんない)。1612年(慶長17)に江戸市中の遊女屋を集めて傾城(けいせい)町を設立することを出願し、5年後に許可されて吉原町ができると、その町の名主に任命され、自らも西田屋という妓楼(ぎろう)をもった。「おやじ」と通称されたことにその権威を推測させるが、出身は小田原北条氏の浪人とも、東海道吉原宿の人ともいわれ、不明な点が多い。[原島陽一]

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