床次 竹二郎(読み)トコナミ タケジロウ

20世紀日本人名事典の解説

床次 竹二郎
トコナミ タケジロウ

大正・昭和期の政治家 内相;鉄道相;逓信相;政友本党総裁;政友会顧問。



生年
慶応2年12月1日(1867年)

没年
昭和10(1935)年9月8日

出生地
薩摩国鹿児島(鹿児島県鹿児島市)

学歴〔年〕
東京帝大政治科〔明治23年〕卒

経歴
徳島県・秋田県知事を経て、内務官僚の出世コースを歩み、明治44年西園寺内閣の原敬内相の次官に就任、大正2年には鉄道院総裁となった。同年政友会入りし、現職官吏の入党として話題に。翌3年には衆院議員に当選(以後通算8回)。この間7年原内閣、ついで高橋内閣の内相となり折からの社会運動の高揚に対抗した。原の死後は政権志向を強め、なりふりかまわず政界を遊泳したが、結局は失敗。13年に清浦内閣を支持して政友会を割り政友本党を結成して総裁に就任、のち憲政会と合流して民政党を発足させたが、翌年脱党、新党の画策も思うにまかせず、昭和4年政友会に復帰し顧問。6年犬養内閣の鉄道相、さらに9年には党議に反して岡田内閣の逓信相となったため政友会を除名され、逓相在任のまま急逝した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新訂 政治家人名事典 明治~昭和の解説

床次 竹二郎
トコナミ タケジロウ


肩書
内相,鉄道相,逓信相,政友本党総裁,政友会顧問

生年月日
慶応2年12月1日(1866年)

出生地
薩摩国鹿児島(鹿児島県鹿児島市)

学歴
東京帝大政治科〔明治23年〕卒

経歴
徳島県・秋田県知事を経て、内務官僚の出世コースを歩み、明治44年西園寺内閣の原敬内相の次官に就任、大正2年には鉄道院総裁となった。同年政友会入りし、現職官吏の入党として話題に。翌3年には衆院議員に当選(以後通算8回)。この間7年原内閣、ついで高橋内閣の内相となり折からの社会運動の高揚に対抗した。原の死後は政権志向を強め、なりふりかまわず政界を遊泳したが、結局は失敗。13年に清浦内閣を支持して政友会を割り政友本党を結成して総裁に就任、のち憲政会と合流して民政党を発足させたが、翌年脱党、新党の画策も思うにまかせず、昭和4年政友会に復帰し顧問。6年犬養内閣の鉄道相、さらに9年には党議に反して岡田内閣の逓信相となったため政友会を除名され、逓相在任のまま急逝した。

没年月日
昭和10年9月8日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

367日誕生日大事典の解説

床次 竹二郎 (とこなみ たけじろう)

生年月日:1867年12月1日
大正時代;昭和時代の政治家。鉄道院総裁;衆議院議員
1935年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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