庵原朝儀(読み)いおはら ともよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「庵原朝儀」の解説

庵原朝儀 いおはら-ともよし

1834-1871 幕末武士
天保(てんぽう)5年生まれ。近江(おうみ)(滋賀県)彦根藩士庵原朝昌(ともまさ)の長男。家老庵原朝成(ともなり)の養子嘉永(かえい)4年第二家老となり,藩主井伊直弼(なおすけ)を補佐,湖東(ことう)焼の御用掛もつとめる。直弼の横死後,藩政をにぎった尊攘(そんじょう)派により第一家老木俣(きまた)清左衛門とともに罷免された。のち侍大将(さむらいだいしょう)。明治4年死去。38歳。通称助右衛門

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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