建応寺跡(読み)けんのうじあと

日本歴史地名大系 「建応寺跡」の解説

建応寺跡
けんのうじあと

[現在地名]中野市大字間山

間山まやま集落の東南すげ峠への古道に沿い、十二じゆうに川の源にあたる標高七〇〇メートルの山林内にある。古は密教の多くの堂伽藍を備えた寺院遺構観音堂は四間×五間の本堂回廊をめぐらした礎石がみられ、その北側に更に規模の大きな堂跡の礎石が発見された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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