弘原中村(読み)ひろはらなかむら

日本歴史地名大系 「弘原中村」の解説

弘原中村
ひろはらなかむら

[現在地名]出石町中村

弘原下村の南、奥山(おくやま)川の中流域にある。集落は中村谷の丘陵地から奥山川沿いの間に散在。単に中村ともいった。元禄九年(一六九六)出石藩領出石郡山之中組の口矢根(くちやね)村(現但東町)などが矢根銀山付として幕府領に転じた際(引渡しは同一〇年)、当村など六ヵ村はそれまでの出石藩領出石郡下郷組から同山之中組に所属替えとなった。このとき当村の北東部が町分として分離し、弘原町分大庄屋の支配下に組入れられた(「出石町史」など)。正保(一六四四―四八)頃成立の国絵図には中村とみえ、高三四四石余。宝永三年(一七〇六)の差出帳(中村区有文書)によると高三七七石余、内訳は田方二二四石余(一七町九反余)・屋敷七石余(六反余)・麻畑一七石余(一町三反余)・畑方一二七石余(一五町二反余)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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