当古村(読み)とうごむら

日本歴史地名大系 「当古村」の解説

当古村
とうごむら

[現在地名]豊川市当古町

牧野まきの村の東南にあたり、豊川の右岸ひめ街道(本坂道)に沿う。豊川を舟で渡って和田わだ(現豊橋市)に至る。昭和九年(一九三四)全長三〇五メートルの鉄橋が架設されるまでは渡船場があった。三河国吉田領人馬役割帳(島原市本光寺蔵)に載る慶長九年(一六〇四)の検地高は三五三石余。享保一〇年(一七二五)の吉田宿助郷帳によると、村高四八〇石のうち助郷高は二三九石で吉田宿(現豊橋市)まで二里。

姫街道の当古渡船の起源は不明であるが、嘉永二年(一八四九)三月、当村小平次より吉田藩地方役所宛の口上之覚(進雄神社蔵)に、

<資料は省略されています>

とあり、近世初頭から当古村小平次の先祖によって始められている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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