当田村(読み)とうだむら

日本歴史地名大系 「当田村」の解説

当田村
とうだむら

[現在地名]芦辺町国分(こくぶ) 当田触(とうだふれ)

国分村の北東にあり、国分村または北の箱崎(はこざき)村の枝郷。正保国絵図に村名がみえ、高二五六石余。天保郷帳には箱崎村枝郷とみえ、「壱岐国続風土記」では国分村の枝村とし、「壱岐名勝図誌」でも国分村の里名の一つとして記される。旧高旧領取調帳では国分村の内と考えられ、明治七年(一八七四)の区別町村調では同村内に当田触と記される。


当田村
とうでむら

[現在地名]鯖江市当田町

鳥井(とりい)村・下司(げし)村の北西に位置し、北は熊田(くまだ)村。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図の丹生北郡中に村名がみえ、高七一五・四石。正保郷帳によると田方七〇一石余・畠方一三石余。宝暦一一年(一七六一)の当田村指出明細帳(徳橋家文書)によると家数二五(うち高持一五・不高持一〇)、人数一〇二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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