後分町(読み)ごのぶんまち

日本歴史地名大系 「後分町」の解説

後分町
ごのぶんまち

[現在地名]会津若松市大町(おおまち)一丁目・七日町(なのかまち)

桂林寺(けいりんじ)町の北に続き、北は糠塚(ぬかづか)町に通る道で、長さ二町二一間・幅四間、家数一三、後町に属するのでこの名がついた(新編会津風土記)。町の西側に真言宗泉明院があったが現在はなく、跡地に三宝院胞衣(さんぽういんえな)荒神社があり、火難除けや安産の守護神として信仰され、昭和九年(一九三四)社殿を建立した。町の北端に真言宗豊山派威徳(いとく)院があり、昔は郭内諏訪神社の辺りにあったが、文禄元年(一五九二)現在地に移った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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