後面町(読み)ごめんまち

日本歴史地名大系 「後面町」の解説

後面町
ごめんまち

[現在地名]南国市後免町一―四丁目

近世初期、稲吉(いなよし)村(後面村)北東部の荒地を開発し、形成された在郷町。

仕置役小倉少助らが慶安五年(一六五二)と推定される三月二二日付で福留五郎右衛門に宛てた書状(御免町根元書「皆山集」所収)によると、商人たちがこの開発地に移住するよう勧め、新町へ出てきた者に対しては一人宛二五代の居屋敷を永代無年貢で与える、諸売買には課税しない、さらに百姓並みの諸夫役も永代免許、また貢租御免で少しの味噌や麹ならば作ってもよいなど、特典を与えるよう指示している。こうした諸役御免の地として新町は発展した。しかし寛文元年(一六六一)この新町を廃止して水田にするため移住命令が出された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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