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徐乾学 じょけんがくXu Qian-xue; Hsü Ch`ien-hsüeh

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

徐乾学
じょけんがく
Xu Qian-xue; Hsü Ch`ien-hsüeh

[生]天聡5(1631)
[没]康煕33(1694)
中国,清初の学者。江蘇省崑山の人。字は原一。号は健庵,玉峯先生。顧炎武の甥。康煕9 (1670) 年の進士。同 21年『明史』の編集総裁,同 24年内閣学士,次いで礼部侍郎,左都御史,刑部尚書などを歴任。しかし党争で反対派から弾劾され,同 29年帰郷。『明史』『大清会典』『大清一統志』の編纂にたずさわったほか『憺園集』 (36巻) ,『読礼通考』 (120巻) などの著作がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

じょけんがく【徐乾学 Xú Qián xué】

1631‐94
中国,清初の学者。字は原一。号は健菴(けんあん)。母は顧炎武の妹。江蘇崑山の人。康熙9年(1670)の進士。官は刑部尚書に至る。《明史》総纂官,《大清会典》《大清一統志》副総裁を務めた。著書《読礼通考(どくれいつこう)》120巻は朱彝尊(しゆいそん)が序を書いて絶賛する。万斯同らと《資治通鑑後編》184巻を作る。宋・元の経解を集めて《通志堂経解》を編み,納蘭性徳(のうらんせいとく)の輯(しゆう)として校刊した。

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世界大百科事典内の徐乾学の言及

【大清一統志】より

…皇帝の命令によって編纂され,時期を異にして3種の版本が刊行された。最初の版本は康熙帝の命により徐乾学等によってつくられた356巻本で,1743年(乾隆8)に完成,翌年武英殿で刊刻された。第2の版本は,64年和坤(わこん)等に増訂が命じられ,20年後に完成,その後90年(乾隆55)に武英殿で刊刻された。…

【通志堂経解】より

…《皇清(こうせい)経解》が清朝人の経典考証集であるのに対し,これは宋・元の学者の注釈を主とし,まれに唐・明におよぶ。清の徐乾学(じよけんがく)がその書斎伝是楼(でんぜろう)に収集し校定(テキストの誤りを正すこと)していたものを,門人の納蘭性徳が刊行した。通志堂は性徳の書斎名。…

※「徐乾学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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