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進士 しんしjin-shi; chin-shih

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

進士
しんし
jin-shi; chin-shih

中国で隋代 (600頃) から清代末 (1905) まで続いた科挙の及第者をいう。唐代までは科挙の一科目であった進士科の受験者を意味し,その及第者を進士及第,進士出身などと呼んでいたが,宋代以後,科挙の科目が進士科一つに統一されたため,科挙の及第者を一般に進士と呼ぶようになった。競争が激しく,及第するのがきわめて困難であったため,進士となることは人生最大の幸福とされ,特に首席の状元 (じょうげん) は歴史に名を残す栄誉とされた。

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デジタル大辞泉の解説

しん‐し【進士】

《「しんじ」とも》
中国で、科挙験科目の名称。のちに、その合格者をいった。
律令制で、官吏登用試験の科目の名称。また、その合格者。
平安時代、2に合格した文章生(もんじょうしょう)のこと。

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百科事典マイペディアの解説

進士【しんし】

中国の官吏任用試験のうち,科挙(かきょ)の科目の一つ。唐代には詩賦策論が重視され,進士科は明経科とともに最も重要であった。このため唐代詩文の隆盛を招いたとされる。

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世界大百科事典 第2版の解説

しんし【進士 jìn shì】


[中国]
 隋代に初めて科挙を設けてから唐代までは,進士は他の秀才,明経などとともに科目の一つに数えられたが,宋中期以後,科挙は進士1科だけとなり,進士科が科挙を代表することになった。ただし宋以後の進士科は詩賦のうえに,経義,策論をも試されるので,実質的には在来の明経,秀才の科をすべて包含したことになる。唐代の進士科には中央の学校の生徒と,各州が試験したうえで推薦した郷貢の進士とが応ずることができ,これらに対して中央政府が行う試験を貢挙,または省試と称した。

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大辞林 第三版の解説

しんし【進士】

〔「しんじ」とも〕
中国で、科挙の科目の一。また、その合格者。宋以後では、殿試に合格した者の特称。 → 科挙
律令制で、式部省が課した官吏登用試験の一。時務策じむさくおよび文選もんぜん・爾雅じがについて試験した。しじ。
文章生もんじようしようのこと。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

進士
しんし

中国、科挙(かきょ)の科目の一つ。また唐代では貢挙に合格した者、宋(そう)代以降は皇帝自ら行う殿試に合格した者の称号。[編集部]

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世界大百科事典内の進士の言及

【科挙】より

…従来科挙は次代煬帝(ようだい)の大業年間(605‐618)に創始されたと考えられてきたが,これは誤りである。
[変遷]
 唐は隋制を受け,科挙に秀才,進士,明経,明法その他の科目を設けた。秀才には政治上の意見などを問う策論を課するが,採点が厳しすぎて合格者がなくなり廃止された。…

【紀伝道】より

…すなわち,教科内容は三史(《史記》《漢書》《後漢書》)その他の中国の歴史書や,《文選(もんぜん)》以下の中国の詩文などであり,教官には文章博士2人があたった。文章生は20人で,これを進士と称したが,その中の優秀な者2人を文章得業生とし,これは秀才と称した。また文章生の希望者が多いので,文章生候補者として,擬文章生20人が置かれた。…

【考試】より

…この秀才・明経ともに,上下・中上第は叙位の対象にならなかった。(3)進士は治国の要務を身につけ,《文選(もんぜん)》《爾雅(じが)》を諳読できるものを採る。時務策2条と《文選》《爾雅》を試験して,及第の甲第は従八位下,乙第は大初位上に叙した。…

【進士氏】より

…鎌倉・室町時代の武家。進士とは,がんらい律令制の大学学生で,式部省が課した試験に合格したものをいう。のち称号となり,さらに氏となる。…

【宋】より

…すなわち,皇帝が試験の及落に最終の決定権をもち,及第者はその恩義に感じ,天子の門生として終生忠誠をつくすことになり,君主独裁制を強化するのに貢献した。また太宗以後は及第者の数が激増し,とくに進士科が重視されて,〈進士及第者にあらずんば美官を得ず〉といわれたように,進士でなければ出世できないことになった。事実,宰相などの高官にのぼった者の大部分がその及第者であった。…

【中国】より

…やがての時代をへて時代に入ると,南方優越の形勢は決定的となる。科挙における進士合格者の数,学者芸術家の数,税負担の額,すべて江蘇,浙江を頂点とする南方が圧倒的である。モンゴル民族の征服王朝たる元朝が南人に対して過酷であったことが,かえって南方士大夫の文化を発展させ精彩を与えることとなったという(内藤湖南)。…

※「進士」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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