コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

納蘭性徳 のうらんせいとくNa-lan Xing-de

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

納蘭性徳
のうらんせいとく
Na-lan Xing-de

[生]順治12(1655)
[没]康煕24(1685)
中国,清初の文人。遼陽の人。字,容若。満州正黄旗の家柄で,清朝王家の一族。康煕 15 (1676) 年進士に及第。一等侍衛に進み康煕帝の側近に仕えて寵愛を受けたが早く病没した。学問を好み『礼記陳氏集説補正』などの著がある。また宋,元代の儒者の学説を集めた『通志堂経解』の編者となっているが,実際は師の徐乾学の手に成る。詞人としての名が高く,朱彝尊 (しゅいそん) ,陳維 崧 (ちんいすう) らとともに清初のの復興のさきがけをなした。五代,北宋を宗として小令 (短編) に長じ,その詞は規律,典故に拘束されない清新な表現のうちに凄婉と評される哀愁を漂わせる。詩文集『通志堂集』 (20巻) ,詞集『飲水詞鈔』 (2巻) ,『納蘭詞』 (5巻) などがある。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

百科事典マイペディアの解説

納蘭性徳【ならせいとく】

納蘭(のうらん)性徳

納蘭性徳【のうらんせいとく】

中国,清初の文人学者。姓は納喇とも書く。1676年の進士。1678年《飲水詞》《側帽詞》の2集で詞人として名声高かったが,若死した。没後出版された《通志堂経解》は宋元の経学関係の書を集大成したもの。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

のうらんせいとく【納蘭性徳 Nà lán Xìng dé】

1655‐85
中国,清朝の学者,文人。初名は成徳,字は容若。満州八旗に属する貴族(旗人)。進士試験に及第,康熙帝侍衛となる。宋・元時代の経学の文献多数を編集して《通志堂経解》1800巻余を刊行した。また宋代の歌辞文芸を祖とする韻文文学,においても名声があり,短編(小令)の感傷的な詞にすぐれる。詩文集《通志堂集》20巻,詞集《納蘭詞》5巻など。【村上 哲見】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

のうらんせいとく【納蘭性徳】

1655~1685) 中国、清代の詞人。字あざなは容若、号は楞伽りようが山人。満州正黄旗出身。侍衛として康熙帝の寵を受けた。詞集「飲水詞」、ほかに「通志堂経解」がある。

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

納蘭性徳
のうらんせいとく
(1655―1685)

中国、清(しん)代初期の満洲族出身の詞人。初めの名は成徳、東宮の嫌名(けんめい)を避けて性徳と改名。字(あざな)は容若。清室と姻戚(いんせき)の名門に生まれた。1676年(康煕15)の進士。侍衛として康煕(こうき)帝の左右に仕え、一流の文人・学者と親交を結んだ。経学に精通し、『通志堂経解』は宋元(そうげん)の経学上の諸説を集大成したものである。また北宋の詞風を愛し、哀切で清新な北宋風の詞の作者としても知られている。詞集『飲水集』は生前に、のち『納蘭詞』5巻、補遺1巻が編集された。彼の墓誌銘は、その師で修書館総裁の徐乾学(じょけんがく)(1631―1694)が書いている。[佐藤一郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の納蘭性徳の言及

【通志堂経解】より

…《皇清(こうせい)経解》が清朝人の経典考証集であるのに対し,これは宋・元の学者の注釈を主とし,まれに唐・明におよぶ。清の徐乾学(じよけんがく)がその書斎伝是楼(でんぜろう)に収集し校定(テキストの誤りを正すこと)していたものを,門人の納蘭性徳が刊行した。通志堂は性徳の書斎名。…

※「納蘭性徳」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

納蘭性徳の関連キーワード佐藤一郎康煕帝徐乾学山人遼陽

今日のキーワード

異常天候早期警戒情報

5日から 8日先を最初の日とする 7日間の平均気温がかなり高い,またはかなり低い確率が 30%以上と見込まれる場合に注意を呼びかけるため気象庁から発表される情報。低温や猛暑が長く続くと,人の活動や農作...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android