徐広縉(読み)じょこうしん(その他表記)Xu Guang-jin; Hsü Kuang-chin

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「徐広縉」の意味・わかりやすい解説

徐広縉
じょこうしん
Xu Guang-jin; Hsü Kuang-chin

[生]?
[没]咸豊8(1858)
中国,清末の官僚。河南省鹿邑県の人。字は仲升。嘉慶 25 (1820) 年の進士。翰林院庶吉士から御史,地方官を歴任し,道光 28 (48) 年両広総督,欽差大臣に抜擢された。同 29年イギリス人が広州城内居住を申入れると広東官民の抗英闘争が起り,彼はこれを背景に交渉を有利に進めた。咸豊2 (52) 年欽差大臣,湖広総督となったが,太平天国軍に武漢を奪われたために位階と財産を没収された。のち官職を得て捻軍と戦い,陣没した。

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