御前崎観音堂(読み)おまえざきかんのんどう

日本歴史地名大系 「御前崎観音堂」の解説

御前崎観音堂
おまえざきかんのんどう

[現在地名]御前崎町御前崎 下岬

紀州高野山般若院末の真言宗遍照へんしよう院跡にある観音堂で、木造十一面観音立像(県指定文化財)を安置する。天保一〇年(一八三九)の遍照院観音堂修復募縁帳(磐本文書)によれば、十一面観音は駒形こまがた神社の本地仏で、弘法大師が無事入唐することを桓武天皇が祈って造らせたと伝え、弘法大師の帰朝後、遠州灘海難の地であることを哀れみ、高野山から当地に飛来して祀られたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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