御台場跡(読み)おだいばあと

日本歴史地名大系 「御台場跡」の解説

御台場跡
おだいばあと

[現在地名]大宮町字三重

大内おおち峠頂上、南北両側の山上に、堀や胸壁などがあり、御台場という。宮津藩の軍学師山中甚太兵衛が設計したもので、慶応二年(一八六六)築造と伝える。ペリー来航後、沿海の諸藩が要害を築いたもので安政三年(一八五六)宮津藩も城外の洲崎(現宮津市)砲台を築き、大内峠、与謝峠(現与謝郡加悦町と福知山市との境)千歳ちとせ峠(別称普甲ふこう峠、現宮津市字小田)の三嶺には塁堡を設けて防備とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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