御坂城跡(読み)みさかじようあと

日本歴史地名大系 「御坂城跡」の解説

御坂城跡
みさかじようあと

[現在地名]御坂町藤野木、南都留郡河口湖町河口

鎌倉街道の御坂峠(標高一五二七メートル)に築かれた戦国期の山城。武田氏滅亡後、徳川氏と小田原北条氏が甲斐国の領有をめぐって争った天正一〇年(一五八二)の戦いの際、北条氏によって造営されたものであるが、それ以前の武田氏の時代においても交通の要衝であるため、この地に烽火台や砦など、なんらかの軍事施設があったとする見方もある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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