…898年(昌泰1)に宇多法皇は金峰山に参詣,聖宝は当寺に蔵王像,観音像を造立した。平安時代中期になると御岳精進(みたけそうじ)という言葉が流行し,潔斎を行って参詣するものが多くなり,漸次寺観も整備,寺勢も強大化した。藤原道長や師通,白河上皇の参詣は有名で,しばしば埋経を行い,現世後生の祈願を行った。…
…また高山一般を意味するほか,大和の金峰山(きんぷせん)をはじめ,そこにまつられている蔵王権現を勧請(かんじよう)した山々を指してとくに御岳(嶽)山と呼ぶ場合がある。大和の金峰山が金御岳(かねのみたけ)と称され,平安時代には御岳詣(みたけもうで),御岳精進(みたけそうじ)が盛んに行われていたが,山岳信仰における金峰山の地位が高まり確立するに及んで,山岳修行者たちの手によって金峰山信仰は各地に伝えられた。それが大和金峰山に対する国御岳(くにみたけ)であり,木曾の御嶽(おんたけ)山,武州御岳山,甲州御岳山などはその代表的な存在である。…
※「御岳精進」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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