御陵古墳群(読み)ごりようこふんぐん

日本歴史地名大系 「御陵古墳群」の解説

御陵古墳群
ごりようこふんぐん

[現在地名]大野城市中二丁目

大野城市北部にある金隈かねのくま山塊から南に八手状に延びる丘陵上に立地する古墳群。「続風土記拾遺」に記された三角縁天王日月獣文帯四神四獣鏡の出土地として知られる。昭和五六年(一九八一)と同五七年に二つの丘陵が発掘調査され、南丘陵で七基、北丘陵では八基の墳墓が発見された。このうち南丘陵の三基と北丘陵の七基が古墳時代前期(四―五世紀初頭)の古墳、南丘陵の一基が時期不明の木棺墓、南丘陵の三基と北丘陵の一基は古墳時代後期(六―七世紀)の古墳であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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