徳丸四ッ葉村(読み)とくまるよつばむら

日本歴史地名大系 「徳丸四ッ葉村」の解説

徳丸四ッ葉村
とくまるよつばむら

[現在地名]板橋区徳丸とくまる四丁目・同八丁目・四葉よつば一―二丁目・高島平たかしまだいら三―四丁目・同八丁目・新河岸しんがし二丁目・赤塚あかつか一丁目・赤塚新町あかつかしんまち一丁目

荒川の右岸武蔵野台地の北縁に位置し、東は徳丸本村。四ッ葉村ともみえる。中世には赤塚郷に含まれ、北条氏所領役帳にみえる「赤塚六ケ村」の内の一村と考えられる。当村の鎮守であった稲荷社(現稲荷神社)は棟札銘から元亀三年(一五七二)に建立されたという。慶長三年(一五九八)徳丸村検地帳(安井家文書)では名請人に「四ツば」と冠された人物がみえ、当時四ッ葉が徳丸村のなかで一定の村落共同体として認知されていたことがわかる。江戸期に入っての徳丸村からの分村の経緯は徳丸本村と同じ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む