志原郷(読み)しわらごう

日本歴史地名大系 「志原郷」の解説

志原郷
しわらごう

壱岐国にみえる中世の郷村。「和名抄」に記される石田いしだ篦原しはら郷の郷名を継承する。承久二年(一二二〇)一〇月日の壱岐島押領公田注進状(民経記紙背文書)に志原郷とみえ、国牧士の武重が筑前太山たいさん(現福岡県太宰府市の竈門神社別当寺)の神人近延に対して放言をしたと称し、その過料(罰金)として当郷の四〇余町を含む壱岐の公田(国衙領)七〇余町(所当二八〇石)を太山寺別当の代官成慶らが押領していた。寛元二年(一二四四)一〇月二〇日の相馬胤継奉施行状(吉永文書)によれば、吉永名田畠などをめぐって壱岐島御家人吉永次郎抱と源十郎次が相論、抱が安堵されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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