日本の刑法は,1万円を境として,1000円以上1万円未満の科料と,1万円以上の罰金とを分けている(15条,17条)が,罰金の語は両者をあわせて,制裁的な意味をもつ金銭剝奪である財産刑の総称としても用いられ(以下ではおおむね罰金刑と表示する),刑罰簡明化などを根拠に罰金刑単一化の主張もある。
古代における贖罪金は刑罰の源流の一つともされるが(贖罪),中世においては死刑や身体刑,その後も流刑や自由刑の背後にあった罰金刑が再び脚光を浴びたのは19世紀後半に至ってである。当時から,弊害のみ多くて効果がないとされた短期自由刑に代わるものとして,また産業化の進展によって過失犯や行政犯などの,自由刑では重すぎる犯罪が増加したことに支えられて,罰金刑の適用数は増大し,今日では自由刑をはるかにしのいでいる。
日本では,近世や明治維新当初の律令制下では罰金刑はなかった。ヨーロッパ法制を導入した1880年公布の旧刑法において,軽罪の主刑として罰金が,違警罪の主刑として科料が,また付加刑として没収とともに罰金が定められた。1907年の現行刑法下でも主要な犯罪には定められていないものの,罰金言渡数の増加が顕著である。明治末期に刑法犯の3割弱に言い渡されていたものが,大正初期に略式手続が置かれたこともあってか,大正末期には7割に達した。第2次大戦後も道路交通に係る犯罪を中心に増加し,65年には450万,言渡刑罰の98%が罰金となった。68年に,軽微な道交法違反に交通反則金制度が導入され,本来罰金にあたる犯罪の検挙件数は激増した(1977年には約1200万件に達した)が,罰金自体は減少し,最近では年間約100万人に言い渡され,全刑罰の95%ほど(そのほとんどは略式手続による)を占める状況が続いている。
罰金刑には,上述の言渡数の多さから,憲法の要請である公判廷での審判等を中心とする適正手続の保障が十分に果たせなくなるという問題のほか,それが一定額の金銭剝奪を内容とすることからの問題もある。まず,不払いの際の財産に対する強制執行の不十分さを補うものとして労役場(留置)制度(刑法18条)があるが,これには,金持ちがポケットから払うものを貧乏人は身体で払うものだとする批判があり,自由労働による償却や分納・延納の制度化,執行猶予の活用などが主張される。次に,罰金額の適正な量定が,害悪内容の平等化と犯罪抑止力の強化をめぐって議論される。多くの国では,罰金量刑にあたって被告人の財産状態を考慮すべきことの明文規定が設けられ,さらにはその実効を期すため,犯罪の重さに応じた日数と,犯人の財産状態に応じた一日額とで表示する日数罰金制を採る例(北欧,ドイツ)もある。また,毎週一定額を節約させてそれを取り立てることや,不定期刑類似の不定量罰金(犯人が改心すれば取立てをやめる),物価上昇に応じた罰金額のスライド制も主張される。しかし,このようなものには,罪刑法定主義など人権保障上の疑義もあり,むしろ罰金刑合理化の基礎は,それが身柄拘束などあまりに大きな不利益にならないようにする配慮に求めることもできる。
執筆者:吉岡 一男
罰金の歴史については,未詳なところが多いが,ドイツを例にとれば,概略次のような展開過程をたどったといえる。古代には,私人間に違法行為が発生した場合,加害者側と被害者側との間に自動的に敵対関係(フェーデ)が生まれ,これは血の復讐により解消したが,すでに中世初期には,その制度とは別に,当事者間での賠償金(ブーセBusse,贖罪金とも訳される)支払を手段とする贖罪契約によって和解させられる傾向が生じた。そして,この事件が,公の裁判所で争われる場合には,そして,この場合にかぎり,裁判所側は判決を言い渡した賠償金額の,例えば3分の1を〈平和金〉の名義で自身に収納した。これが,罰金の始源の一つである。中世の中期には,平和が要請され,重罪は,公権力により生命刑や身体刑等で罰せられる傾向が強まるが,公権力の脆弱さとともに財政上の必要もあって,それらは,事実上は富裕者には金銭をもってあがないうる性格のものであった。このような方向への賠償金制度の大きな変化は,かつては加害者側より被害者側に全額帰属していた賠償金において,〈平和金〉すなわち公権力への財物拠出の拡大という結果になる。
他方,この系譜の罰金とは別に,中世初期以来,王や地方役人による一定金額による制裁規定をもった行政的禁止命令(バンBann,罰令とも訳される)が発達し,これが罰金の始源の第2のものを形成する。第1の系譜に属する罰金は,近世初頭以来,国家権力の強化とローマ法の継受との進行にともない,重罪に関するかぎりは生命刑や身体刑等をもっての制裁が強化されていくにしたがい,やがて姿を消す。また他方,軽罪の事件については,かつての賠償金制度が残されていきはするが,やがてこれは上述のバンの理念と混和しながら,しだいに罰金制度に置き換えられていった。
執筆者:塙 浩
普通,財産刑の一つとして定められた刑名をいう意味での罰金は,中国では少なくとも隋・唐以後に確固たるものになった〈五刑〉の刑罰体系に含まれず,したがって刑罰として存在しない。ただ漢,魏,晋,梁などで〈罰金〉なる名は認められる。ごく軽微な罪責に関して行われた刑罰の一種と考えてよいが,その当時,同時に存在した〈贖罪〉なるものと概念上の区別があいまいな点がある。刑罰体系が十分確立していなかったためであろう。贖罪というのは一定の条件のもとに刑罰を絹や金銭であがなわせるので,五刑と対応して歴代の律が認めるところである。漢以前,周代には銅器の銘文や《書経》《周礼》などの古典に銅を官に入れ(罰金に近い),あるいは加害者に入れる(賠償に近い)ことが見える。これらの性格は当時の公権力の強弱などの要素を考慮しなければならないが,罰金の淵源と見てよい。罰金が刑名として再び現れるのは,清末になって近代的改訂を施した《大清現行刑律》においてである。
→過料
執筆者:奥村 郁三
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犯罪者の財産的利益の剥奪(はくだつ)を内容とする刑罰であり、ヨーロッパ法制の導入以前にはなく、1880年(明治13)公布の旧刑法で初めて定められた。現行刑法は、罰金を1万円以上とし、1万円以下に減軽することもできるとしている(刑法15条)。旧刑法では最下限を20円と定めていたが、1948年(昭和23)の罰金等臨時措置法で50倍の1000円に引き上げられ、1972年には200倍の4000円に、さらに1991年(平成3)の刑法改正および罰金等臨時措置法改正により500倍の1万円となった。罰金とともに財産刑の一つである科料は、1000円以上1万円未満で、金額により区別される。罰金を完納できない者は、1日以上2年以下の期間、刑事施設に付置されている労役場に留置され、労働を科せられる(刑法18条、刑事収容施設法287条)。罰金刑は、自由を拘束することなく、経済的な損失を与えることによって、懲罰的、威嚇的効果をあげることを目的とする。比較的軽微な犯罪については、短期自由刑の弊害を避けるための刑罰として有用視され、刑罰中もっとも主要な役割を果たしている。しかし、罰金刑に教育的効果を期待することはできず、貧富の差によって負担に不公平な結果を生じることにもなっている。とはいえ、刑事責任とは無関係な経済状態に応じて罰金を言い渡すということは不都合である。そこで、責任に応じて罰金日数を算定し、そのうえで、犯罪者の経済状態に応じて1日分の罰金額を定めるという方法で罰金刑を言い渡す日割罰金制が考えられ、北欧、中南米、ドイツ、スイスなどで法制化されてきた。日本でも、改正刑法草案の立案過程で導入が検討されたが、最終的には採用されなかった。
[大出良知]
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字通「罰」の項目を見る。
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
… 犯罪にどのような刑事制裁を規定することによって対処すべきかということについては,さまざまな議論が積み重ねられてきた。日本の刑法は,刑として,死刑,懲役,禁錮,罰金,拘留,科料(以上は主刑),没収(付加刑)を規定している。生命刑である死刑については,それを存置すべきかが問題となる。…
…やがて,フランス刑法を範とした旧刑法(1870公布)は,きわめて多様な自由刑を認めたために,刑名も多くなった。死刑,徒刑,流刑,懲役,禁獄(以上,重罪の主刑),禁錮,罰金(以上,軽罪の主刑),拘留,科料(以上,違警罪の主刑),および,剝奪公権,停止公権,禁治産,監視,罰金,没収(以上,付加刑)がそれであった。現行刑法(1907公布)は,刑の種類をはるかに制限し,徒刑(とけい),流刑(いずれも,犯罪人を離島などの遠隔地に送致し,その地において有期または無期間滞在させる刑。…
…中世の惣村(惣(そう))の掟にも制裁に関する条項がみられ,近世の村法(そんぽう)や明治以降の村規約の中にも多く発見できる。 制裁の種類としては,罪の軽い順で罰金,絶交,追放という三つがある。もっとも広範に現在なお行われているのは罰金であるが,その歴史は古い。…
…
[量刑の手順]
実際の量刑判断の手順をみると,まず,各法条に規定されている刑(法定刑という。死刑,懲役,禁錮,罰金,拘留,科料の6種のほか,付加刑たる没収がある)が一種であれば問題ないが,複数の刑種が選択的に規定されている(ときには併科規定もある)場合には,そのどれかが選択される。次いで,(1)再犯加重,(2)法律上の減軽,(3)併合罪加重,(4)酌量減軽の順によって加重減軽がほどこされる(刑法72条)。…
※「罰金」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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