志城跡(読み)しづくじようあと

日本歴史地名大系 「志城跡」の解説

城跡
しづくじようあと

[現在地名]千代田村中志筑

恋瀬こいせ川右岸の低地に突出た丘陵突端にある平山城。城跡の広さは東西二〇〇メートル・南北八〇メートル。東・北・西は水田に囲まれ、南側に堀跡の池があり、本丸跡と推定される場所は大部分が現在志筑小学校の敷地になっている。県指定史跡。鎌倉初期に益戸(下河辺)政義の築城とされる。政義は寿永二年(一一八三)源頼朝に反旗を翻した志田義広討伐に加わり、その戦功で当地の地頭職に補されたといわれ、政義の二子で志津久三郎兵衛と称した行幹の子孫がその後代々城主となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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