志慶真村(読み)しじまむら

日本歴史地名大系 「志慶真村」の解説

志慶真村
しじまむら

[現在地名]今帰仁諸志しよし

兼次はにし村の東に位置し、北は諸喜田すくじや村。志慶真はシゲマともよんだ。集落はかつて今帰仁なきじんグスクの一角をなす志慶真門(シジマジョー)郭の南方一帯にあったと伝える。慶長一四年(一六〇九)の薩摩島津氏の琉球侵攻で同グスクが焼打ちにあった後、時期ははっきりしないが親泊いえーどうまい村の兼久はにくへ移動、次いで親泊村と兼次村の間の地(現在志慶真原ともいう)へ移り、さらに諸喜田村の西隣にあたる現在地へ移動した。当村が今帰仁グスクの近くから離れ、城下へ移動した理由については、今帰仁なちじん村の場合と同様、場所が良くないとされたからで(向姓具志川家家譜)、そのほかのことははっきりしない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む