志浦(読み)しづきうら

日本歴史地名大系 「志浦」の解説

志浦
しづきうら

[現在地名]津名町志筑

志筑浜(しづきはま)村の南東、志筑川河口南東にある。同村の枝浦で高は本村に含まれる。志筑組に属し、御蔵入加子浦。元禄一七年(一七〇四)の志筑浜村検地帳(津名町史)によれば、一〇一人の加子の居屋敷分の年貢二七石余が免除されていた。だがすでに寛文期(一六六一―七三)には他国船稼九一名がおり、浪速・三河の船に乗組み、沖船頭・船加子を勤めていた(島田家文書)。そのため阿波徳島藩の急御用の際には他浦からの雇加子により勤めを果している。「味地草」の家数二三八、反別戸数取調書では家数二三八・人数七五三。天保一二年(一八四一)の淡路村浦二百石以上船数相改帳によると、当浦には八〇〇石積一艘・七〇〇石積一艘・五〇〇石積三艘があり、隣の塩尾(しお)浦の一千一〇〇石積一艘・六〇〇石積一艘・五〇〇石積一艘・四〇〇石積一艘・三〇〇石積二艘とともに全国各地に廻船として出かけている(津名町史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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