応其寺(読み)おうごじ

日本歴史地名大系 「応其寺」の解説

応其寺
おうごじ

[現在地名]橋本市橋本二丁目

旧橋本町の中心部に位置する。中興山普門院と号し、高野山真言宗。天正一三年(一五八五)に橋本を開発した木食応其が、同一五年に小庵惣福そうふく寺の地に新たに堂宇を建立したのに始まる。本尊救世観音像は大和長谷はせ(現奈良県桜井市)本願から寄進されたという。応其は天文六年(一五三七)近江国蒲生がもう郡に生れ、天正元年に高野山に登った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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